国道165号線沿いの近隣団地に囲まれた墓所です。
墓所は、郡ヶ池団地、香芝・旭が丘ニュータウンとも近い場所にあります。
霊園入り口には、大の松為次郎の墓碑があります。
こちらは、大坂山口神社(穴虫)の須佐之男命を奉祀するため、享保21(1736)年の『大和志』には「在穴蒸村今称牛頭天王名区也」とあり、近世、牛頭天王社または祇園宮と称されていた。
秋の大祭には、古くから牛頭天王に奉納する宮相撲が行われ、「馬場(東穴虫)のお宮さんの相撲」といい、相当な賑わいであったようである。それを彷彿させるかのように、
拝殿には、文久2(1862)年と明治38(1905)年の板番付が残され、境内には「馬場組」とある記念碑もあり、近年まで土俵が残されていた。
この馬場組をリードしたのは、地元出身の力士である大の松為次郎こと、吉田栄蔵である。
『二上村史』には大正4年6月に大坂山口神社で引退興行を行ったとある。
西穴虫の智足庵には「大の松之墓」とある墓碑があり、引退の折(生前)に建立されたものと考えられる。
大正14年11月6日、63才で没したが、その葬儀には親友の大阪相撲高田川部屋幕内力士の初嵐が来て棺を担いだという。
大の松は引退後、勧進相撲の総元締として活躍している。